旧知のライターの朝山さんに登場願った。
もう何年前でしょうか?
う〜ん、20年はこえると思うのですが。大阪から東京に出てこられて、直ぐに友人の紹介で会い、仕事を始めたりしたのです。以来、20年?ライターとカメラマンという関係で仕事をしてきました。
 その朝山さん、ずいぶんと著者インタビューを手がけてきました。朝山さんが選ぶ人選ぶ人、皆さんどんどんメジャーな賞を取って巨匠になる。なので、巨匠なる前の作家を知っている、僕も写真を撮ったりしている。この巨匠、えらくなる前は服屋さんだったんだよなんてね、思ったり出来る。
 そんな朝山さん、見る目がある朝山さんに日刊チェンマイ新聞でも書評をお願いしたのです。
奥野


 

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柳美里さんの『ファミリー・シークレット』
というホンの話。

 ちかごろ、親父に似てきたと思う。寝床でププッと屁をたれるところとか、ひとの悪口をいったりしているときの口調とかもそうだが、テレビを眺めて、ぼぅーーっとしているところはとくにだ。

 似るといえば、三国連太郎さんと佐藤浩市さんとの父子対談のライターをしたときのことだ。「美味しいんぼ」という映画ではじめて父子共演が実現した際に、わだかまりのあった父と息子が語り合うという「ビューズ」という月刊誌の企画だったが、父はほとんど息子の顔を見ようとせず、息子は逆にじっと父を見つめ、息子が父の記憶について話している間の父は目を閉じて耳をそばだてているという態度が変わらなかったのと、もうひとつ、父と息子を俯瞰でながめていると、頬をなでる仕草などちょっとした身体の動きがシンクロしていたのが印象に残っている。

父と息子というと、このふたりのことをちょくちょく思い出すのだが、それはともかく、ワタシの場合、父親が祖父に似ていて、祖父が大嫌いだったもんだから、自分のちょっとしたことが似てると自覚するにつれ、フクザツな気持ちに陥るのだ。

ちいさいころ、親戚のオバチャンなんかが「そっくりよねぇ、オジイサンに」というと、このオバハン、ゼッタイに口をきいてやるかと奥歯にチカラをいれてダンマリを決め込んだものだ。ジイサンも、これまた孫に似ているといわれて喜んだ様子もなかった。嫌なものは嫌ということでは、ジイサンも父もワタシも繋がっているのだと思う。

そんなワタシにとって、柳美里さんの『ファミリー・シークレット』(講談社)は、ほんとうに面白く読めたホンだ。

ウソばっかりつく息子に手を焼いて、柳さんは怒鳴って手をあげてしまう。ぶっ叩くのだ。それをまた隠さずブログに書いたりするものだから、日本全国から児童相談所に電話があり、相談員が訪ねてきた。映画の一場面みたいなところから、柳さん家族のノンフィクションは書き綴られる。

柳さんが、息子を叩くのは子供が憎いからではない。きつくあたったあと、柳さんは自分を責めずにはいられない。どうしてやさしくできないのか。育児ノイローゼのママさんたちが読めば共感するところも多いだろう。

柳さんは、なぜ息子がウソをつくのか。原因は自分にあるという。柳さん自身も子供のころはウソつきだった。何度も万引きをやったし、自殺未遂を繰り返していた。息子とどのように接すればいいかに苦しんだ彼女は、カウンセリングを受け、自分という殻を剥ぎ取り、自分と向き合おうとするなかで解決の糸口を見出そうとする。そういう内容のホンだ。

柳さんは、小学校の低学年のときに隣の家のおじさんからイタズラされながら誰にも打ち明けられずにいた。カナリアを殺すなどの動物虐待をしていたこと。ここまで詳しく書かなくてもと思う部分は多々ある。だから、痛い。だけど、なんかその詳しさゆえに笑ってしまう場面もある。

イタオモロイというのかなぁ。痛いんだけど面白い。たとえば、柳さんが大事にしている爪きりを、息子が髪を切るのに使ってしまう。それがバレちゃまずい。ぜったい隠し通さなきゃと思った息子は、問い詰められるほど、ウソを繰り返す。

第三者の目には、ウソなんかつかずに「ごめんなさい」と一言いっちゃえば何でもなかったことなのに。でも、だからこそその息子の強情さに、ワタシは不思議と親近感を抱いてしまうのだ。

「はやく楽になっちゃえよ」と心の中でもうひとりジブンが声をかけるのに、ぜったい聞き入れないジプンがいる。ブッ叩かれても泣きじゃくっても「ごめんなさい」が言えない。どうして言えないのかわからなかったが、言えない子供だったころがよみがえってくるのだ。

いまなら、バッカだなぁと思う。コイツ、イヤダなぁとも思う。でも、嫌だと思うのは、自分だからなんだろう。

すごいなぁと思うのは、柳さんがカウンセラーの診療を受けたときの模様もぜんぶ記録として文字にしていることだ。作家の性というか、そうでもしないことには脱け出せないものがあるからなんたろうけど。

なかでもワタシが読んでハマったのは、父親の記憶と、柳さんの記憶との食い違い。柳さんが9歳のとき、サンリオショップで万引きをしたと聞いて、帰宅した父からムチで打たれ、裸にされて真冬の公園に置き去りにされたという出来事。父親に話を訊くと、裸になんかしていない。あの時はふたりとも「寝間着だった」という。

ふたりの記憶で一致しているのは、柳さんが万引きしたのと、父が叱ったということ。あとの細かいところ、置き去りにした場所についてもズレがある。ホンは柳美里さんの側から書かれたものだけに、読者としては娘の言い分が正しいように読むわけだが、自分の娘を全裸にして置き去りにするとなんて、よっぽどな父親である。ただ、娘によって語られる様々な父にまつわる話から「よっぽどな父」像に違和感はなかったりもする。

記憶のズレでは、ほかにも、柳さんが小学校の四年生ぐらいのときの日記に「パパ、死ね」と書いた。翌朝、下駄箱の上に日記帳が画鋲でとめてあって、「パパ、死ね」の箇所に赤線が引いてあった。ヤバイと思ったが柳さんはそのまま学校に行ったという。その日記がその後、どうなったのかについて柳さんは記憶していない。

このときの様子を柳さんは、カウンセラーにこんなふうに詳しく語っている。

「いつもは戸を閉めるときに音を立てたとか、眠っている父親をまたいでトイレに行ったとか、些細なことでボコボコにされるのに、赤線を引いて展示されただけで、それっきりなんの反応もなかったから、かえって印象に残っているんですよ」

そこから柳さんは、あのとき父親は、自分が傷ついているということをアピールしたかったのではないかと推理する。それに対してカウンセラーは、前後に何があったかを問いかけ、想像だけでなく、直接父親に訊いてみるようにすすめている。そこでカウンセラーを交えた、父と娘(柳美里)の三者での話し合いが実現するのだが、これがなんとも奇妙なのだ。

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半ばフリートークのような状況で、父はカウンセラーに、自分がどんなにモテたかを語りだす。娘のカウンセリングのための場だというのに、自分のモテぶりを披露してどうするって感じだが、このズレがフィクションではなかなか出せない「読み物」としての面白さになっている。

父は自慢する。妻の母親にあったとたんに気に入られ、とんとん拍子で縁談は進んでいった。「結婚式は帝国ホテルでやる。新婚旅行は豪華客船で世界一周してきなさい。一年間のんびり世界中を観光してきなさい」と義母から言われたのだという。

耳を傾けていた柳さんは、黙っていられなくなったのか、こう問い返している。「結婚式は土浦の小さなホテルで、新婚旅行は鬼怒川温泉だよね?」

父はそれに答えず、「唯心論的な思想を持っていたわたしとしては、そういう条件とは関係なく、一生幸せな家庭を築いていくという二人のこころがあれば、それが一番だと思っていたのは間違いありません」。

つまり、結婚の条件は変更になったが、自分は怒ったりはしなかったという。とにかく自分は唯心論で、妻は唯物論。哲学のちがいがその後の離婚の原因になったのだともいう。

 この後も再三持ち出される「唯心論」と「唯物論」だが、お金や物欲に執着するのが唯物論で、こころを大切とするのが唯心論というのが父の独自の解釈。自分の立場があやうくなると、話題を世界規模に広げ、自分は困っているひとをみたらほうっておけず、騙されているとわかってもお金をあげてしまう、そういう性格だと言い、娘にも「世界中にいる困った人々を助けようとする」小説を書けと解く。

演説クセがあるいうか、話じたいはまちがいではないが、美しいことばに酔うひとなんだなあ。笑ってしまったのは、うちの父にもジイサンにも柳さんの父親に似た演説クセがあるからだ。さらに面白いのは、お金じゃないという父が、博打に勝ったときに鳥を買って帰ってきたらしいが、「二万五千円のカナリア」「八千円のインコ」といわずにいられない。唯心論じゃないじゃん!

 そして、全裸にしたという一件にしても、柳さんが父に対して問い詰める。「『盗みをするような子は、うちの子じゃない。うちのものは全部脱げ!』ってパンツまで脱がせたじゃん。真冬で、全裸で、寒かったから、はっきり憶えているんだけど……」

父は、あのときはふたりとも「寝間着」だったの一点張り。堪えきれずに柳さんは、仕事から帰ってすぐに母親から盗みの話を聞いたのに、なぜわざわざパジャマに着替えて出ていく必要があるのか。矛盾をつかれても、父は「叩いてもいないし、裸にもしていない」と曲げない。問えば問うほど、硬くなる。もはやウソをつくというより、父のなかでは記憶はそのようにつくられているのかもしれない。

こんなふうに、父と娘の記憶は肝心なところになるほど、すれちがっていく。どうみても父の記憶に誤りがあると思われるものでも、「いや、違う」を繰り返す父。娘が聞きたがったもうひとつの、日記の件にしても、父は「それは見たことがない」で終わってしまう。

理由として、父は「仲良しメナム(朝鮮語で、きょうだいを意味する)でいることを目標にしているのだから、わが子を叩くなんてありえないことだという。

自分を美化し、都合の悪い記憶をすべて塗り替えてしまっているかに思われる父親だが、柳さんの記憶にはなく、彼だけが憶えている出来事もある。

父親が、家で飼っていた柴犬が出産し、貰い手のない二匹の子犬を棄てたところ、柳さんは、自分が責任もって貰い手を探すからといって連れ帰り、自転車の籠に「かわいい子犬を飼うひとはいませんか?」と貼り紙をつけて歩いてまわった。そのときのことを「悪いことをしたな」と父は語るのだが、柳さんはそれをまったく憶えていないという。

憶えていないことに、柳さんはすこし衝撃を受けるのだが、ときに腹立ちながらも食い違う記憶について、柳さんはこう記している。

〈わたしたちの目はビデオカメラではないし、わたしたちの耳はICレコーダーではない。見聞きした情報を記憶に取り込む際に、感情のフィルターで濾されているし、記憶の持ち主の「現在」によって、記憶は間断なく加筆されたり削除されたり消去されたりしている。
 同じ家に住み、同じ体験をしたはずの家族であっても、同じ記憶を共有することはできない。〉

 家族だからわかりあえるというのは幻想だ。

記憶にまつわる「痛み」は分かち合うことができない、という事実を認めるしかない。そこを柳さんは立脚点に選んでいる。

まあ、言い分が当人とまわりの家族とでは百八十度異なるのは、わが父もそうである。会社員時代には大勢の部下に便りにされ、会社からは自分がいないとは回っていかないと言われたもんだ。あれもこれもオレがいたからできた事業だと大風呂敷をひろげるのを聞いていると、イジワルな心境に陥る。

その頃ってさぁ、ボクが小学生で、オヤジは寝床でオフクロにしょっちゅう「きょうはもう起きられない」と駄々っ子のように遅れる旨の電話を会社にかけさせていたのを覚えているよ。ボクの知っているオヤジについてツッコミたくなるわけだが、言おうものなら「いいや、ちがう。おまえはわかってない」とぶちきれるのが目に見えているので、それは言わずにいる。

柳さん一家のゴダゴタは、そんなワタシのもやもやと比べたら何倍もスケールがでかい。なぜウソをつくのかに関しても、相応すぎる理由が父親にはあったのだ。

彼の戸籍上の父母は実際には祖父母で、実母は伯母にあたる女性だったらしい。伯母が若いころに日本人の男性との間に生まれたのが父で、私生児であることを隠すために当時50歳を越した祖母の産んだ子として育てられた。そうした事実を父はなんとしても認めたくないものだから、様々なフィクションをつくりだしてきたのだ。

だから父が語る記憶の辻褄があわず、なんですぐにバレるウソをつくのかと首をかしげてしまうわけだが、俯瞰してみれば、父がこしらえた物語に「すくい」を求めたくなるのもわかる。そうでなければ生きられなかったのだと。

わかると書いただが、しかしそれは第三者だからこそ言えることである。当事者ともなれば、なかなか「わかる」というふうに受け止めるのは容易ではない。実は、わが家でも十年越しの訴訟沙汰を父親と長男が繰り広げ、いまだに解決の糸口が見えない状況で、話し合おうにも父と兄の諍いの根本となる記憶じたいが噛み合っていない状態である。だからといっちゃなんだか、具体的にどこがどうではなく、柳さんの「ファミリー・シークレット」は気持ちが緩んで、ウチだけがヘンじゃなんだと、すくわれるというか。

(朝山実)

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Profile/プロフィール

朝山 実(あさやま・じつ) 1956年、兵庫県 生まれ。地質調査員、書店員などを経て 、ライターとなる。「居 場所探し」をテーマに人物ルポやインタビューを数多く手がける。著書に『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP 社)、映画のノベライズ『パッチギ!』(キネマ旬報 社) 、アフター・ザ・レッド 連合赤軍 兵士たちの40年』(KADOKAWA)、『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社)など


  • 2014

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