西川美和「映画にまつわるxについて2」 (実業之日本社)


 別件を用立て、sさんにインタビューをお願いしたのは、谷口ジローさんの話を聞きたい気持ちがあったからだった。谷口さんとsさんが組んだ代表作に、漱石や鴎外ら文豪を主人公にした作品がある。手塚治虫賞を受賞した名作だ。なかでも、ふたりの初期の作品で『事件屋稼業』というハードボイルドタッチの探偵ものがある。いまは古本屋でしか買えないのが残念だ。

「編集者から言われたのは、絵は巧いんだけど、話がつくれないんだという。しかし、それは間違いというか、彼は話がつくれないんじゃなくて、当時ブームをなした劇画のようなものをこしらえるのに向かないだけで、話がつくれるひとだというのは、その後の作品を見たらよくわかる。編集者もそれを見抜いていたんだろうね、だからボクに声をかけたんだろう」

 sさんと谷口さんは原作者と漫画家の関係で、会う機会は限られ、個人的な交友はなかったという。それでも、作品について、たとえばこの作品のこの配色は……と作品かぎりの斬新な技法を用いたか。谷口ジローを語る際のsさんに熱を感じた。

ワタシが谷口さんには、お会いしたのは二度。いつかと思いつつ、三度目はかなわなかった。最初はワタシがインタビューの仕事を始めたころで、初期に描き「まったく売れずに残っている」という絵本を仕事場を辞去する際に授かった。

まだ取材者というよりも、稚拙なファンみたいなもので、聞くよりも、どんなにあなたの作品が好きかということを語っていたかもしれない。午後に開始して、とうに日が落ち、アシスタントも帰ったあと「呑めるなら」と居酒屋に誘われた。もう何を話したのは記憶にないが、とてもシアワセな時間だった。

 二度目のインタビューは、それから十年ほどしてから。絵本のことをいうと、「いろんな人にあげたから」といわれ、ガクン。居酒屋に行ったのも「そういうことがあったの」まるで覚えていないという。ガククン(笑)。「でも、絵が下手だから、うまくなりたい一心でひとよりたくさん描いてきた。そう言ったのは変わらない」と、仕事場の本棚にあった資料を次々と見せてもらった。やさしいひとだった。

 sさんが谷口さんに、最後にあったのは病院に見舞いにいったときで、元気になったら探偵ものの「その後」をやろう。そういう会話をしたそうだ。谷口さんとsさんは二歳ちがいで、探偵の年齢は二人の間の1948年生まれに設定した。私立探偵ものとはいえリアルタイムの等身大の男で、だから「その後」が実現していたならば男は、60後半の年齢だ。

「その年齢で、やれる仕事なんて限られているでしょうけど」とsさんは笑った。短編の読み切りでもという話が最後になったという。

 さて。話題を変えよう。『映画にまつわるxについて』は、西川美和監督が『永い言い訳』の下敷きとなる原作を書き起こすところから始まり、映画を完成させるまでを克明に綴ったエッセイ・ノンフィクションだ。

『ゆれる』『ディア・ドクター』などの映画作品はもちろん、小説を書けば一作目にして文学賞の候補に選ばれる。賞賛を受け、才能に満ちた人なのに、本書を読むと、自己評価がおそろしく低いことに驚かされる。

謙遜を超えて、如何に自分が凡人か。ひとより劣っているかをとうとうと書き綴っている。そうかそうかワタシと変わりないのか、アナタは。幾度も笑い、油断をしかけるのが、もちろん、凡人をうたいつつ、彼女が非凡なのは、いついかなるときにも冷めた目で自身を客体視していることだ。

たとえば、一向に書き進まぬ原作のため、喫茶店をハシゴし、コーヒー一杯で長居する。自分同様、店の常連らしき女性がどこがどのように変わっているか。観察記のように綴り、ハタとそういう自分こそがいちばんの変人だと気づく。そうした日常を題材とする出来事などは、如何にもふつうの人だと、その才能を読者に忘れさせかけさせる。自身を凡人であると言い張る非凡な才人。そういえば異能の俳優イッセー尾形氏もそうである。

 寡作な監督である彼女は、長年のスタッフたちを「妻」と呼び、新しい血を入れるため、時に彼らと別れ、新たなスタッフと組もうとする。すでに、コトは決まっているにもかかわらず、なかなかそのことを「妻」には切り出せず、先延ばしにし、焦りもんもんとする。その心中を綴っている章がとくに印象に残った。

心を乱し、悩み。それでも結局アナタは妻を捨て、新たな相手と仕事をするんでしょうが。妻の視点でツッコミを入れたくなるくらいフンギリの悪いことこのうえない。でも、ジュクジュクしたこの性分こそが、何段式かのロケットとなるのだろう。フンギリが悪いこそ、というのか。

 そんな中でいちばん胸に残るのは、「あとがきにかえて」の一篇だ。彼女でなくとも、大勢の人に会う職業ならば、よくあることだろう。劇場でのトークイベントの帰りに、一人の男性から「覚えてせんか」と声をかけられる。彼は遠慮がちに、彼女が二十年前一度だけ助監督としてついた監督の名前をあげ、「一緒に野球に行ったりもしたんですけどね」とも付け加えた。

 西川さんは広島出身で、カープのファンでもあるが、二十代は仕事も忙しく球場に足を運んだ記憶もなく、仕事仲間たちと何かの流れで都内の球場に……と記憶をたどるも、重なるものがない。男性が落胆していく表情が忘れがたかったのだろう、その日のことを詳細に綴ったうえで、こう記している。

<(前略)人生を作るのは、事実ではなく記憶です。覚えていない映画は、観ていない映画に等しいのではないでしょうか。ここにエピソードを書いたのも、わずかばかりの罪滅ぼしの気持ちの故です。きっとこんな些細な出会い(再会?)も、放っておけば私はまたいつの間にか忘れてしまう気がするからです。>

 そういえば、sさんにお会いするのは三度目で、直近は20年ほど前のこと。とうに休刊したオピニオン誌の対談のまとめをしたときだった。

「その場にいたんですか?」とsさん。対談そのものの記憶もあやふやだという。それでも「あなたの名前には覚えがある」と言われたのは、ちょっと嬉しかった。


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「ウラカタ伝」 waniwanio.hatenadiary.com

ブログのインタビュー連載 「葬儀屋、はじめました。」

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朝山 実(あさやま・じつ) 1956年、兵庫県 生まれ。地質調査員、書店員などを経て 、ライターとなる。「居 場所探し」をテーマに人物ルポやインタビューを数多く手がける。著書に『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP 社)、映画のノベライズ『パッチギ!』(キネマ旬報 社) 、アフター・ザ・レッド 連合赤軍 兵士たちの40年』(KADOKAWA)、『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社)など