旧知のライターの朝山さんに登場願った。
もう何年前でしょうか?
う〜ん、20年はこえると思うのですが。大阪から東京に出てこられて、直ぐに友人の紹介で会い、仕事を始めたりしたのです。以来、20年?ライターとカメラマンという関係で仕事をしてきました。
 その朝山さん、ずいぶんと著者インタビューを手がけてきました。朝山さんが選ぶ人選ぶ人、皆さんどんどんメジャーな賞を取って巨匠になる。なので、巨匠なる前の作家を知っている、僕も写真を撮ったりしている。この巨匠、えらくなる前は服屋さんだったんだよなんてね、思ったり出来る。
 そんな朝山さん、見る目がある朝山さんに日刊チェンマイ新聞でも書評をお願いしたのです。
奥野


 

写真をクリックするとAmazonに移動します。

page 1

【いつも本の中に、、】① 『詩人てるゆき』よしかわゆたか、双葉社(アクションコミックス)

トラブルを起こして、表舞台から消えた
俳優のその後を追ったドキュメンタリーを
見た。放映されたのは数年前のことで、い
まはその俳優さんは、すっかりイイ感じで、
かつての世界に溶け込んでいる。
ワタシが見たのは、取材で知り合ったひ
とから、過去の仕事としてDVDをいただ
いたからで、数年の落差がいろんな意味で
印象深かった
ひとつは、スーパーに買い物にいくシー
ン。白いスーツで、買い物カゴをさげて、
店内を移動する。数日分の食材を買うとい
う彼にテレビカメラは同伴する。恋の噂の
たえたことのないひとだけに、自炊します
よという返答に意外な気もするが、わざわ
ざそういう絵を撮らせようとしたらしい。
ビシッと決まったスーツはともかく、饒舌
に「いつも行く店」というわりに、野菜の
売り場がどこなのとか訊いたりしていたか
らね。

page 1

1 2 3 4 5 6 7 8
page 2

もうひとつは、何年ぶりかで映画の仕
事があり、復帰にテンションが上がってい
く。そうこなきゃねって場面だ。もともと
役作りにのめりこむタイプで、気合の入っ
た監督との顔合わせ場面にカメラも随行。
そこで、彼は一席ブツのだ。
「早めに決定稿をいただきたい。自分は、
しっかりしたものをやりたいので役作りに
時間がかかります。だから現場で、書き換
えられたりするのも困る」
真剣なんだというのが伝わってくる。な
るほど。が、気配があやしくなるのは、そ
のあとだ。
「なかなか台本が上がらず、日が迫って
きて彼がイライラしはじめた」とナレーシ
ョンが入る。
ドキュメンタリーとしての山場は、寸前
になって恐れていた事態が起こる。台本に
変更があったのだ。しかし、大きな変更で
はなく、台詞の微妙なちがいともいえるの
だが、彼はそこで、苦闘する。数日前の自
宅でのこと。台本を手に、彼が身振りを交
えて、何度も台詞を発声するのをカメラは
捉えていた。
本番で、台詞が出てこない。テイクを重
ね、10回を数えたという。OKが出たと
き、現場は膨れ上がったフーセンから空気
が抜けていくように、緩む一瞬。ひとり離
れたところにいる場にまでカメラに追いか
けられ、彼は苦笑していた。
いってみれば、トシもトシだし、台詞が
覚えづらくなっていた。それだけのことだ。
「俺も、もうダメだなぁ」と頭をかくくらいなら、
かえってチャーミングにすら見えたと思う。
スーツ姿で、スーパーに買い物に出かけ
るというのはセルフイメージとして「あ
り」だとしても、台詞を覚えられないとは
「ありえない」。そのジレマンマにあがい
ているように見えたのだ。

page 2

1 2 3 4 5 6 7 8
page 3

さて。本書は、脱力系のマンガだ。
だれも、ジブンのことなんか認知していな
い。そうは思いつつ、なにものかでありた
いと願う、「自称、詩人。36歳。独身、
無職のてるゆき」。いつまでも夢ばっかり
語り、働こうとはしない。ダメダメな主人
公の身辺マンガだ。
長いこと、働かない、彼女がいない、い
ろんなことのマイナスの言い訳をつくりあ
げ口は達者だけど、周囲は「また言ってい
るよ」で、彼のことを親身になってかまう
のは、定年退職した父ひとり。母は、すで
になくなっている。一家の家計を支える妹
は、とっくに兄を見放している。
主人公の「てるゆき」を作者は、ダサっ
ぽく描いている。着るものとかをもうちょ
っとコザッパリしたら、イケメンとはいか
ないまでもイイ男っぽくもなるのに、こだ
わるポイントがちょっとずれている。その
「もうちよっと」がミソで、幼稚園児です
ら彼に対しては、「がんばってね」と上か
ら目線だ。

page 3

1 2 3 4 5 6 7 8
page 4

公園で幼子と遊んでいると、警察に通報
され、連行される。幼児をどうこうしようかいう
んでもない。幼児に合わせて遊んで
やっていただけなのだが、知り合いの子供
でもないのに一緒になって遊んでやってい
るというだけでヘンタイに見られたりする
のはかわいそうでもある。
しかし、誰も彼もが彼のことを上から見
下ろしていく。人生一度もいいことがなか
ったから今日で死のうと思っていた女のひ
とから、電車の中でじっと見つめられ、
「このひとなら、やさしくしてくれる」の
ではと言い寄られる。
ひろゆきさんは、ボクにも好みはあるん
だけど……困惑する。その間も、どんどん
彼女の態度は積極的になってきて、「あた
しに何か問題でもあるというの」と恐い顔。
「生きていても、なにひとつ、いいことがな
かった」とジメジメしていたのがウソみ
たいに、彼を前にして、背筋を伸ばして高
ピーになっていく。やっぱり、見下ろされ
ちゃうんだね、彼は。で、こういうひとを
ボクラは欲してしまうんだということに、
ふと気づかされる。

page 4

1 2 3 4 5 6 7 8
page 5

さっきの俳優さんのことにしても、自炊
する姿のわびしさを、お茶の間のひとたち
が見たがっているんだろう、というのをわ
かったうえで、彼はそれに抗ったのかもし
れない。あの白いスーツは。

「てるゆき」は、意外と外に出て散歩する
のが好きらしい。しかし、そのたび、災難
にあう。暴走するママチャリにぶつけられ
たり、ヤンキーにインネンふっかけられた
りと。外を歩きまわるのは、家で閉じこも
っていても、何も起きないからだ。そして、
ようやくトキメキが訪れようとする。森で
見初めた女性に、詩の創作ノートを見せる
のだ。じっと、読んでいた彼女は、「愛さ
え言ってりゃすむようなクソポエム」と酷
評。「詩は死ぬ気でつくれ」とまで言われ
て、彼は、打ちひしがれる。
彼がノートに書きとめる詩を見て、独創
性のカケラもないとバカにして読んでいた
読者の思いと、彼のナルシズムとの落差が
明確になる場面だ。しかも、その彼女は、
その後、彼に関わったりはしない。冷や水
を浴びせかける彼女の登場の仕方は、喜劇
性をともないつつ、いいかげんもう鏡に映
るジブンを認めましょうよ、という示唆と
もとれる。

page 5

1 2 3 4 5 6 7 8
page 6

周囲のものたちが、ことごとく彼を見下
ろしているなかで、たったひとりだけ
の例外がいる。それは、父親だ。
父の、自分が定年まで働くことに精を出
せたのは、息子の成長に支えられてきたか
らだという回想が入る。だから、どんなに
ダメな息子でも自分にとっては宝だ、とい
う父もいまは年金だけが頼りの、お荷物の
存在になっている。一家の大黒柱は妹で、
家でゴロゴロしている男ふたりを抱えて結
婚できないとの嘆きが、不思議と暗い印象
をあたえないのは、どんな場面でもひとを
責めようとはしない、この父のキャラクタ
ーによるところは大きい。この父なら、こ
の一家はさして悲惨なことにはならないだ
ろうという予感とともに、読者としては、
ふぅっとラクにもなれるのだ。

page 6

1 2 3 4 5 6 7 8
page 7

 ここで話は、また冒頭の俳優さんのドキ
ュメンタリーに戻る。還暦にもなろうとい
うのに、若いころにいわれた愛称で呼ばれ
続ける。やんちゃで、事件を起こして何度
も謹慎を強いられてきた。それがまた彼の
キャラクター・イメージを増幅させても
きた。
その彼が、ひとり暮らしの兄が新しく借
りる部屋を見にいくのに付き合うのだとい
う。兄は、片足をひきずるようにして歩い
ている。取材スタッフの「一階がいいんで
すか」との問いに、彼が「アニキ、足が悪
いからさぁ」と答えていた。丁寧な口調だ
った。そして、後から遅れてやってくる兄
の脚をカメラが捉える。
「ああ、どうも」と、彼が笑みを浮かべ
た先に、大家さんが待ち受けていた。「女
房がファンだったんですよ」と声をかけら
れるや、彼は両手を差し出して、大家さん
の手を包み込んでいた。
「どうぞ、中をみてください」と言われ
て、玄関のたたきに立ち、ほんのちょつと
覗いただけで、彼は靴を脱ごうとはしなか
った。「なかにどうぞ」「いえ、じゅうぶ
んです。いい部屋だよ。ニイちゃんよかっ
たなぁ」と、大家さん夫婦にも聞こえるよ
うにして、声を大きくしていた。

page 7

1 2 3 4 5 6 7 8
page 8

「ファンでした」と過去形に言われても、
いささかも気にせず、彼は「兄をよろしく
お願いします」と何度も頭を下げていた。
不器用な男なりに、この日の行動には、兄
のためならば、というのが伝わってきた。
恩着せがましいことは、もちろん一言も
発してはいなかった。ワタシは、ふいに目頭
があつくなった。
そんな彼が今年になってマスコミを賑わ
したのは、何度目かの再婚が話題になった
ときのことだ。相手がひとまわり年下の美
人ということに芸能マスコミは食いついて
いたが、相手の女性への気遣いなのか
、「もうトシだから」をさかんに口にして、
ヘンにがんばったりしない、イイ感じのテ
レを見せていた。

page 8

1 2 3 4 5 6 7 8
 

Profile/プロフィール

朝山 実(あさやま・じつ) 1956年、兵庫県 生まれ。地質調査員、書店員などを経て 、ライターとなる。「居 場所探し」をテーマに人物ルポやインタビューを数多く手がける。著書に『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP 社)、映画のノベライズ『パッチギ!』(キネマ旬報 社) 、アフター・ザ・レッド 連合赤軍 兵士たちの40年』(KADOKAWA)、『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社)など