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日刊チェンマイ新聞

【70年代の、あの事件について考える】

桐野夏生『夜の谷を行く』(文藝春秋)



 物語の始まりにちかい、駅前の駐輪場でのシーン。市営のスポーツジムを 出た主人公の西田啓子が、自転車のカゴの中に飲み捨てられていたペットボ トルを発見する。それまで入口付近の自販機の横に設置されていたリサイク ルボックスが消えていた。しかたなく自販機のそばにペットボトルを置いて 立ち去ろうとすると、作業着姿の老人が血相をかえて飛び出してきて、怒鳴 られる。

「私が飲んだんじゃないんです。自転車のカゴに捨てられていたんです」と説明しても、管理人の男性は、
「道の向こうにコンビニがあるから」と手で払う仕草をし、聞き入れない。
自分が女だからか。小バカにしたような態度で、啓子がボックスがなくなっ ていることを問えば、
「撤去」
「何で?」
「家庭ゴミとか突っ込まれるから」
「そんな」と言いかけて、ひとの目が気になり、彼女はペットボトルを置い たまま立ち去ってしまう。

 ゴミかごがあればねぇという。撤去の事情もわからなくはないが、まあ、 管理人の老人も主人公も、いずれもが「悪い」わけではない。リサイクル ボックスを撤去すればこうしたトラブルが起きてもしかたない。対策を講じ なかった役所のミスというか怠慢が問題なのだ。真の「敵」が見えず、諍う べきでないもの同士がぶつかり合う。このシーン、ちっぽけなハナシなのだ が、何かの隠喩のように思えてならなかった。

 啓子は、その後もこの日の出来事をもやもやしながら思い返す。目立つこ とはしてはいけないと、中途半端なままに口を閉ざしたことに忸怩たる思い が募るのだ。あの頃の自分なら、こんなふうに黙しただろうかと。

『夜の谷を行く』は、「文藝春秋」誌に2014年11月から16年3月まで連載され た長編小説の単行本化だ。西田啓子は、かつて「連合赤軍」のひとりとして、 山岳アジトでの同志殺し事件に連座した。そうした過去をもつ「元女性兵士」 のその後を描いている。

 ワタシが興味をもったのは、1972年2月の銃撃戦で知られる「あさま山荘 事件」へといたる山岳ベースでの「総括事件」に関して、これまで何らかの 発言をしてきた当事者は、男ばかり。当時、山には同等の数の女性たちがい た。「総括」という名のもとに激しいリンチを受けて犠牲となった12人の中 には、4人の女性が含まれている。うち、ひとりは妊婦だった。

 事件の当事者たちが長い刑期を終えたのち、社会でどのように暮らしてき たのか。2012年だったが、一点の関心からワタシは彼らにインタビューを重 ねた本を上梓したことがある。『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たち の40年』(角川書店)。結婚し、父親となったもの。後に離婚したけれど、親 子の交流は続いているもの。暮らしぶりも表情も、あえて事件の渦中にいた ことを口外しないかぎり、そうとは気が付かないひとたちだった。意外なく らいに。

『夜の谷を行く』は、事件から約40年後、2011年2月、連合赤軍の指導者にし て死刑囚の永田洋子(ひろこ)が獄中で病死した時期から始まる。西田啓子は、 学習塾を営みながら人目に立つことを慎み、出獄後は仲間との接触も絶ち、 ひとりひっそり暮らしてきたという設定だ。

 駐車場のシーンに先立つ、スポーツジムでの利用者同士のもめ事の際にも、 彼女は極力関わるまいとして、いずれの肩をもつこともなく、黙ってその場 から姿を消している。ちなみに西田啓子の名はフィクションである。「アカ シアの雨」を連想したりするが、作者が何人かの人物像を複合させたものら しい。

 前後して、かつての仲間だった男性から、「事件」のことを調べているフ リーランスのライターがいるので協力してやってもらえないか、と電話がか かってくる。男性は、事件の記録を残す活動を続けている。どうやって番号 を知りえたのか。疑問に思うとともに、数日、心が波立つ。

 もともと西田は、ひとを押しのけても強く主張するタイプでもなかったら しい。そうした性格が、永田には気にいられていた。彼女自身には、そうい う認識はなかったのだが、周囲からは「永田に近い人物」と見られていた。 あの場にいて、いまも啓子のことを永田の次に憎んでいる、という女性もい る。そうした証言を40年後になって聞かされ、動揺する場面が印象に残る。

 自分はこう考え、だからこうしてきた。自身に対する一本の線、自己像が、 同じ空間、時間を共有した他者の目には異質にして、ときに正反対のもとの として理解されてきた。そうした齟齬は、彼女に特別なことではない。日常、 誰の身にも起こりうる食い違いではあるが、「12人の同志殺し」という事件 を考える際、それは大きな意味合いをなしている。そうした示唆を含んでい るようにも読める。

 もちろん、これはフィクションである。丹念に取材を重ね、男性兵士たち への取材はできても、あのとき山に入った女性に会って話を聞くということ は桐野さんをしてもできなかったそうだ。いまも沈黙を続ける「元兵士」の 女性たちと、作中人物である西田とが、どこまで符号するものか否かはさて おき、「小説」としての面白味は、40余年を経てもいまだに事件を言語化で きずにいる、ひとりの女性の暮らしぶりのディティールだ。

 事件をきっかけに、家族の親戚関係は途絶え、妹は離婚。もともと価値観 が異なったとはいえ、会えばぶつかりあう。さらに妹の娘である姪の結婚式 にあたって、過去を話すべきかどうかで悩む。そうした日々の生活の現実味 は、読んでいて、なるほどなぁというものだ。当時、あの山で闘った、何に 対して戦ったのかもわらず死んでいったものたちにとっては、訪れることの ない未来だ。

 この作品について「週刊朝日」2017.4/7号で、記者として桐野さんにイン タビューした記事が現在ネットに転載されています。森恒夫が率いた赤軍派 からの女性の参加がわずか一人だったのに対して、永田洋子をリーダーとす る革命左派に女性が目立ち、なぜ妊婦や赤ん坊を連れた夫婦までもが「軍事 訓練」を目的とした山中にいたのか。誰もが抱く疑問を発端に、作家ならで はの視点で事件を物語化するに至った経緯を語られています。
headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170329-00000063-sasahi-ent

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「ウラカタ伝」 waniwanio.hatenadiary.com

ブログのインタビュー連載 「葬儀屋、はじめました。」

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朝山 実(あさやま・じつ) 1956年、兵庫県 生まれ。地質調査員、書店員などを経て 、ライターとなる。「居 場所探し」をテーマに人物ルポやインタビューを数多く手がける。著書に『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP 社)、映画のノベライズ『パッチギ!』(キネマ旬報 社) 、アフター・ザ・レッド 連合赤軍 兵士たちの40年』(KADOKAWA)、『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社)など


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